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L-2 鈴木聖子(西日本支部)

「ベートーヴェン人生劇場<残侠篇>」(1970)の歴史的意義
──『題名のない音楽会』における日本の伝統音楽芸能の役割──

 

 ベートーヴェン生誕200周年を迎えた1970年、黛敏郎(1929-1997)企画・解説のテレビ番組『題名のない音楽会』(1964-現在)では、「ベートーヴェン人生劇場」という企画ものがシリーズで放映された。尾崎士郎の自伝的小説『人生劇場』に題を取って各回<青春篇><痛恨篇>等のテーマが設けられ、その最終回が<残侠篇>であった。この作品は、新劇俳優・小沢昭一(1929-2012)が交響曲第3番《英雄》の逸話を三味線に伴われて浪花節調で唸り、場面転換に東京交響楽団がベートーヴェンの諸作品を断片的に演奏するというもので、再演やLPレコードとして出版されるほどの評価を得た。本発表は、このように受容された本作品の歴史的意義を明らかにすることで、現代音楽の作曲家の黛による『題名のない音楽会』という、いわゆる西洋音楽を理解の前提とした場における日本の伝統的な音楽・芸能の役割を考察するものである。

 黛はこの作品において、神格化されているベートーヴェンを「庶民的な」浪花節を用いて描くことで、「いつの時代にもアピールする民族性」を示したかったと述べる。しかし実際には、この作品は浪花節ではなく、劇作家の藤田敏雄(1928- )の脚本と小沢の口演による浪花節調の新劇作品といえるものである。当時の録音に残された観客の笑いや拍手の様子からは、この作品が好評であったのは、ベートーヴェンと浪花節との交差から「民族性」が理解されたからではなく、西洋クラシック音楽の文脈からズレとして受けとられた要素を笑いへと転化させた演出・演技の力量にあったことが分かる。二代目広沢虎造を模した小沢の口演は、日常生活において虎造がラジオ等から聞こえていた時代を記憶する人々の過去を呼び覚ましながらも、生誕200周年を祝ってベートーヴェンをコンサートホールで聴く「現代」へと笑いによって引き戻すことで、この作品を成功させたと考えられる。

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