top of page

K-1 内藤眞帆(東日本支部)

「異化」された管弦楽法への道
──グスタフ・マーラー《第1交響曲》の改訂プロセス──

グスタフ・マーラーの《第1交響曲》の管弦楽法にかんする先行研究は、もっぱら音楽と標題の関係に焦点を当て、その管弦楽法の特徴を「異化」という言葉でもって論じている(Steinbeck 2010)。そこでは最終稿に基づく批判全集版を分析の基礎とし、「異化」の一例として第1楽章冒頭のファンファーレを挙げ、その一節が慣習的な金管楽器ではなくクラリネットのパートに書かれていることを指摘している。しかし、現存する最初期の楽譜資料では、そのファンファーレはクラリネットではなくホルンに対して書かれていることから、最終稿に至るまでに管弦楽法をはじめとする作品の諸要素に手が加えられたことが推測できる。第1交響曲は、自筆総譜成立から初版出版までの間に大規模かつ複雑な改訂が断続的に行われた。そのため、改訂の各段階を示す資料を比較することではじめて、マーラーにおいて特殊な管弦楽法が形成されてゆく過程を解明することが可能となる。

 ゆえに発表者はマーラーの《第1交響曲》を対象とし、その管弦楽法上の変遷を跡付けることを試みた。改訂過程において生じた管弦楽法の抜本的な変更を検証すべく、ブダペスト筆写総譜(1889年)、ハンブルク自筆総譜(1893年)、ハンブルク/ワイマール筆写総譜(1893-94年)、ベルリン筆写総譜(1896年)、版下用原稿(1898年)を比較検討したところ、以下の事実が明らかになった。①舞台裏に配置される別働隊の管楽器や第1楽章冒頭の弦楽器に対する演奏指示は、自筆総譜成立当初は存在せず、後の改訂段階において緻密な指示とともに追記/変更された。②初期稿では、楽器編成ならびに管弦楽法は比較的保守的かつ慣習的であるが、改訂を重ねるにつれて編成は肥大化し、従来の管弦楽法から逸脱した楽器の使用法や演奏指示が増えていった。こうした個々の改訂事例の綿密な考察をつうじ、マーラーの管弦楽法上の実践が徐々に変化し、最終的に「異化」された管弦楽法へと至った道筋を提示する。

bottom of page