日本音楽学会第71回全国大会
E-3 菅沼起一(東日本支部)
ジローラモ・ダッラ・カーザのディミニューション技法
──『パッサッジ付きマドリガーレ集第2巻』における「第二の作法」──
本発表は、16世紀後半にヴェネツィア、聖マルコ大聖堂の器楽合奏隊の長として活躍したジローラモ・ダッラ・カーザが、1590年に出版した『パッサッジ付きマドリガーレ集第2巻』に焦点があてられる。当時のマドリガーレ出版曲集の中では異例なことに、本曲集は、所収の27曲全てに、本来即興で演奏される装飾「ディミニューション」が記譜されている。しかし、当時の装飾実践を伝える貴重な資料であるにも関わらず、テノーレのパート・ブックが欠落した不完全な伝承形態のため、先行研究の俎上に上がることは少なかった。そこで発表者は、欠落声部の補筆と、ディミニューションの分析を行った。
発表では、分析で用いた様々な観点のうち、「各声部のディミニューションの割合」「使用音価」「シラブルの割り振りとの関連」「対位法との関連」「複数声部における同時的装飾」などに焦点をあて、分析結果の概要が報告される。また、彼が1584年に出版した教本『ディミニューションの真の方法』に所収の、声楽ディミニューションとの比較も合わせて言及される。分析を通して、本曲集の特徴として、以下の点が挙げられた。
1)より洗練された声楽ディミニューションの様式が見られるも、使用音価の観点から、当時の慣用テンポ(テンポ・オルディナリオ)におけるより保守的な体系への後退が指摘されること。
2)彼が『ディミニューションの真の方法』で導入した器楽=ビスクローマまで/声楽=セミクローマまで、という区分が依然有効であること。
3)ディミニューションが、即興される音型ではなく、より本質的な対位法構造に結び付いて「書かれて」いること。
以上を踏まえ、ダッラ・カーザのディミニューション技法が、1600年前後における器楽と声楽の分化の表れとして評価し得ること、そして、17世紀の作曲技法において顕著となる「作曲されるディミニューション」の先駆であることを提示する。