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G-3 籾山陽子(中部支部)

ヘンデル《陽気の人、ふさぎの人、温和な人》における英詩の扱い
──発音・韻律や気質表現に着目して──

 

 ヘンデルのオラトリオ《陽気の人、ふさぎの人、温和な人L’Allegro, il Penseroso ed il Moderato》は、17世紀のイギリスを代表する詩人ミルトンの作品で対になっている『快活の人L’Allegro』と『沈思の人Il Penseroso』を基にして作られている。これらの詩はミルトン自身の中に並存する快活(多血質)と幽愁(憂鬱質)という相反する2気質を表現したものと言われている。このオラトリオは、ヘンデルがイタリア語のオペラから英語のオラトリオへの移行期に作曲した、イギリスの文化伝統に寄り添った意義深い作品である。本発表では、発表者独自の発音変化の視点を取り入れ、発音や韻律、詩で表現されている気質の扱いを検討し、ヘンデルが英詩をいかに扱っているかを考察する。

 ヘンデルは概ねミルトンの用いた発音や韻律をそのまま用いている。しかし、「陽気の人」が最初に登場する曲ではミルトンの詩の冒頭部分をそのまま用いているが、「ふさぎの人」が最初に登場する曲ではミルトンの詩の冒頭部分の第2~第4行を用いず第1行の次は第5行となり、ミルトンの韻律や押韻は保っていない。さらに、ミルトンの詩の冒頭部分以降は基本的に弱強格の4詩脚の対句の連続だが、頻繁に韻律の鋳型から逸脱している箇所がみられる。一方ヘンデルはそれらの逸脱部分は発音変化中の語を巧みに用いて韻律を整えた作曲をしている。

また、ミルトンの詩では相手の気質に相当する事物が出てくる場面について、ヘンデルはあえてその事物の表現を避けて気質の混乱を防ぐなどして2つのキャラクターを対照的に表現している。

 このように、ヘンデルはイギリスの文化伝統を尊重してなるべくミルトンの表現をそのまま用いながらも、ミルトンの韻律の乱れを整えたり、気質の表現の混乱を防いだりして、詩に対する理解を表現しつつヘンデル自身の作品としての独自性を保っていると言える。

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