日本音楽学会第71回全国大会
E-2 森 裕子(西日本支部)
中世クリュニー修道院における死者のための詩編唱の旋法
──クリュニー修道院IIIの柱頭の旋法表象との関係性の探求──
本論考で対象とするのは、11世紀末から12世紀初めに作成されたクリュニー修道院規則の中で、死者を見送る一連の儀式書に記されたアンティフォナ付き詩編唱である。
この規則が作成された頃というのは、クリュニー修道院で死者のための祈りがその第一の使命として展開され、第3番目の建物(クリュニーIIIと呼ばれる巨大な建物)が建築されつつあった時期と重なる。クリュニーIIIの内陣に立っていた8つの柱頭のうち2つは、それぞれの4つの面に、合わせて8教会旋法について、レリーフとラテン語テクストによる表象が施されている。そのレリーフと短文が指し示す旋法の意味は抽象的なものであり、歌唱実践と結びつけることは容易ではない。しかしながら、例えば第3旋法ではキリストの復活に言及し、第4旋法では嘆きに関連するその表象が、当修道院で実施されていた死者を見送る儀式で、詩編が歌われる際の旋法の選択と何か関連性を持っていたことが考えられる。
そこで本論考では、まずクリュニー修道院における死者のための儀式で使われた詩編唱のアンティフォナの旋法指示と、そのテクストの意味内容の関連性の傾向を指摘し、その関連性を、当修道院の柱頭に表象されている旋法に鑑みて考察することによって、結局は終止音による分類にすぎないと考えられている教会旋法の、象徴的意味づけの可能性について再考を試みたい。
なお、死者のための典礼については、クリュニー修道院規則写本 Paris Bibliothèque nationale de France, Latin 13875(校訂出版物あり)を使用する。ただしこの規則には楽譜も旋法指示もないので、旋律と旋法に関しては、クリュニー修道院で歌われていたアンティフォナーレ(聖務日課書)を必要とするが、明らかにクリュニーで作られたことがわかっているアンティフォナーレはないので、ここではクリュニー系列の修道院に由来する複数の写本を使用している。