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F-2 西田紘子(西日本支部)・安川智子(東日本支部)

音楽理論上の術語の伝播過程における翻訳とその影響関係
──フーゴー・リーマン『音楽事典』の独・英・仏語版を例に──

 

 近年の音楽理論史研究では、フーゴー・リーマン(Hugo Riemann, 1849-1919)の和声理論の見直しが進んでいる。例えば彼の理論上の思想とネオ・リーマン理論のそれとの関係を探った論文(西田 2019)の他、各国における受容研究(Holtmeier 2011; Kieffer 2016; 安川 2019)が挙げられる。だが、受容の全貌やそこで生じる概念変容を掴むには、国や言語を超えた理論史研究が俟たれる。

 なかでも『音楽事典 Musik-Lexikon』(1882- )は、増補改訂による版を重ね、1893年に英語に、1895年に仏語に訳され始めた。しかし、体系的に翻訳の特徴に照準した研究はみられない。そこで本研究は、『音楽事典』における音楽理論上の項目に焦点をあて、英語や仏語への翻訳時の特徴と影響関係を検討し、理論的概念の受容やグローバル化の端緒を、具体例を通して明らかにする。

 対象は、リーマン生前の版、すなわち、1916年までの独語版8版と、英語版2版(Augener社の新版と第4版)、1899年・1913年の仏語版2版とした。これらから、180程度の項目について原語と翻訳の照合を行った上で、他の著作の翻訳状況に目を配りつつ、“Funktionen”“Klang”等の彼特有の概念や表記、“Umkehrung”といった和声理論史に関わる約30項目を基準に各版を精査した。その結果、英語版は拍節論の受容に比べて、彼独自の和声概念の進展にそれほど影響を受けていない一方で、仏語版では独語第7版(1909)に沿って更新された項目が多く、かつ1900年代のフランスにおける和声に関する議論の発展を受けて、原語から一歩進んだ翻訳や独自の編集もみられることが判明した。また、これらの翻訳間の相互作用により、独語版では版を経るにつれ外国語の項目が増え、多言語性を備えた事典へと変貌していく過程が跡づけられる。

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