top of page

F-1 石井萌加(東日本支部)

W. ニーマンのブラームス伝における「北方的」ブラームス像

 本発表では、20世紀前半ドイツの音楽批評家W. ニーマン(Walter Rudolph Niemann, 1876-1953)によるブラームス(Johannes Brahms, 1833-1397)の伝記(Brahms, 1920)を取り上げる。ニーマンは本著作において、ブラームスの人間性と作品の内に「北方的な感性の本質 nordische Gefühlsnatur」が認められることを主張する。そして「北方性」を有するブラームスは、同郷の詩人であるヘッベルやシュトルムとの類似点があると述べる。本発表では伝記の中で強調される「北方的な nordisch」という語に着目して内容を検討することで、「北方性」はどのような概念として使用されており、ブラームスの作品のどのような点に見出されているのかについて考察する。

 20世紀前半のドイツにおいて「北方性」という語は、北方ゲルマン民族至上主義という文脈の中で人種主義思想の影響が強く表れた語であった。よって、ドイツの「純化」を目指すという文脈においてしばしば使用された語であり、後にナチスが理想として掲げる概念でもあった。ナチス体制下の1933年5月にはブラームス生誕100周年に寄せて、「北方性」という語を用いた人種主義的な記事が複数執筆されたが、ニーマンもそこで「北方的」な作曲家像を主張した一人である。ニーマンがブラームス伝において強調した「北方性」に着目する本発表を通して、すでに第一次世界大戦敗北後のドイツにおいてブラームスが、人種主義思想を背景にドイツの純粋な遺産として評価されていた側面があったという結論を導き出す。

 ブラームスの受容研究において、20世紀前半のナショナリズム思想との関連性は見過ごされてきた。人種主義的な作曲家像を論じる上で、ニーマンが1920年代に伝記で指摘したブラームスの「北方性」は、重要な面である。

bottom of page