日本音楽学会第71回全国大会
E-1 吉川 文(東日本支部)
中世の実践的な音楽理論での音楽構造を論じる枠組
──七自由学科との関連を考える──
中世における音楽は、七自由学科に含まれる数学的な学問として位置づけられるものであり、こうした見方はボエティウスらを通じて古代ギリシャの理論から継承されたと言える。9世紀後半からは、聖歌の旋法理論などを扱う実践的な音楽論が登場するが、そこでもボエティウスは大きな権威であって、音程と結びついた数比は、聖歌を構成する音組織を具体的に説明するための重要なツールでもあった。一方、旋律の流れを説明するために、これを構成する単位としての音、いくつかの音をまとめた楽句、さらにそれをまとめた旋律というような論じ方は、言葉に関わる三科のひとつ「文法学」の手法を模したもので、中世の音楽理論においては旋律構造を説明するために文法学の用語を援用するものも少なくない。
初期の実践的な音楽理論を扱ったフクバルドの『音楽論Musica』は、その後の音楽理論の展開を考える上で、非常に重要な理論書の一つである。ここでは、聖歌を構成する音組織構造が、ボエティウスの理論書等を介しながら古代ギリシャの理論を援用しつつ説明されている。しかし『音楽論』には、『ムジカ・エンキリアディスMusica enchiriadis』をはじめとする、ほぼ同時期の他の音楽論とは異なり、具体的な数に関わる記述が一切見られない。他方、聖歌の旋律構造を説明するために「文法学」との関わりを窺わせる部分もほとんどない。
本研究では、実践的な音楽理論が登場する時期に、聖歌を論理的に説明するために必要とされた学問的な枠組を考察するため、七自由学科との結び付きを避けているかのようなフクバルドの『音楽論』と同時期の音楽理論書を比較検討する。実際の音楽を語るときに何が必要とされたのか、音楽をどのように言葉で表現しようとしたのかを探ることで、当時の音楽の捉えられ方の一端を明らかにすることを目指す。