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B-1 丸山瑶子(東日本支部)

ベートーヴェンのピアノとチェロの二重奏曲における声部交差
──音響設計上の傾向と楽曲構成に対するその機能──

 ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770–1827)のピアノとチェロの二重奏曲に関する先行研究ではしばしばチェロの使用音域が注目され、特に旋律・伴奏各々を担う際のチェロの音域設定やピアノとの上下関係などが楽曲全体の構成と絡めて論じられてきた(Lockwood 2004)。

しかし音域が論点になる中で音域変化に伴う両楽器の声部交差は未だ十分に考察されていない。そこで両楽器の声部交差を調べた結果、旋律的なチェロが声部進行の途中でピアノと交差し、低声ないし内声から最上声へ上がる箇所が創作中期以降、増加傾向にあった。

 これは第一に、室内楽一般におけるベートーヴェンの弦楽器の音響設計上の傾向を表すと推察される。なぜなら彼の弦楽四重奏曲集作品59では動機が低声から次第に上声へ上がる箇所が前作の作品18より増し、それらの箇所では上声が低声から引き継いだ動機から旋律を発展させる場合もあるからだ。

また二重奏曲の声部交差には楽曲構成との関係も窺える。すなわち交差は終止カデンツなど楽句の終了付近に起こることが多い。またしばしば楽句の繋ぎ目で両声部が交差し、最上声になったチェロが後続楽句の旋律を導く。

こうした交差の音楽的文脈から、ベートーヴェンは声部交差による音響変化に形式的位置や和声の明示、および移行の円滑化という楽曲構成を支える機能を与えた可能性がある。

 本発表では以上の点を中心に、他の同時代作曲家の用例も考慮しつつ、声部交差という新たな視点からベートーヴェンの二重奏曲における音響と楽曲構成との関連を示す。本研究は従来のベートーヴェンの室内楽研究が一般的に和声や形式分析が主だったのに対し、編成特有の音響という分析観点の重要性を示し、今後この観点からの研究を促すと期待される。またベートーヴェンの影響が指摘される19世紀半ば以降の室内楽に関し、ベートーヴェンの音響面での意義を検討する一助にもなろう。

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