日本音楽学会第71回全国大会
G-4 新林一雄(東日本支部)
18世紀のダルムシュタット宮廷楽団が生み出した鳴り響き
──楽団で筆写された交響曲における管弦楽法の解明──
C. グラウプナーとJ. S. エントラーが楽長を務めた時期(1712-1762)のダルムシュタット宮廷のオーケストラは、18世紀ドイツにおいて多くの交響曲を演奏した楽団の一つであった。そのレパートリーは、専ら二人の楽長が作曲した作品に基づいて論じられ、クラリーノなどの管楽器による独自の鳴り響きが指摘されている(Biermann 2012)。
しかし二人の楽長は、他の音楽家が作曲した交響曲の筆写も行った。種々の作品目録によると、同じ楽曲でも、ダルムシュタットの筆写譜は特有の楽器編成を組む場合がある。よって、この地の楽団の響きを把握するには、筆写譜における管弦楽法も調べる必要がある。本研究は、楽長二人が写した交響曲の分析を通して、その鳴り響きを解明することを目的とした。
作品目録に基づくと、調査対象となる筆写譜のうち少なくとも23冊は、管楽器を追加した独特な楽器編成であると指摘できる。その編成には、オーボエ2本を含むことをはじめ、楽長自身の交響曲と異なる部分があった。筆写譜における管弦楽法を調べた結果、楽長の作品のように管楽器が技巧を要するオブリガート声部を奏することは少なく、弦楽4部と同じ内容の声部を演奏する場合が多かった。弦楽器が奏するテクスチュアの厚みや音域、強弱に応じて管楽器の組み合わせは細かく変えられ、管楽器は微妙な音色の変化を付けることに徹していた。
楽長が筆写した交響曲は固有の楽器編成や管弦楽法に基づくため、ダルムシュタット宮廷楽団の鳴り響きの形成に欠かせない作品群といえる。本研究は、この楽団が演奏した交響曲の管弦楽法が、先行研究によって扱われた楽長の作品のみに依拠するだけでなく、筆写譜を通して多様性を保ったという、新しいレパートリー像を提示する。これは、各宮廷が独自の音楽文化を育んだ18世紀ドイツにおける、地域ごとに異なったオーケストラの鳴り響きを示すことに貢献する。