日本音楽学会第71回全国大会
C-2 永井玉藻(東日本支部)
バレエの稽古伴奏における楽器の変遷
──19世紀後半のパリ・オペラ座の場合──
19世紀のパリ・オペラ座(以下、オペラ座と略記)のバレエ団では、オーケストラとの最終リハーサルに至るまでの稽古の段階で、伴奏を行うのは伝統的に弦楽器奏者の役割だった。本発表は、その稽古伴奏における楽器の変化がいつごろ生じたのか、具体的な時期の絞り込みを行うとともに、その変化が、バレエ上演のあり方に与えた影響について明らかにすることを目的とする。
オペラ座で行われていたバレエの稽古では、ダンサーの日常的なトレーニングの場でも、公演のためのリハーサルにおいても、主に劇場のオーケストラに所属する弦楽器奏者が稽古伴奏を行なっていた。しかし、1886年に初演されたルイ・メラント(1828-1887)振付の《二羽の鳩》のリハーサルでは、オペラ座史上初めてピアノが用いられた、とされており、これ以降、オペラ座におけるバレエの稽古伴奏は、ピアノによってなされるようになった、とする見方もある。
本発表では、この楽器の交代の時期について、フランス国立文書館およびフランス国立図書館のオペラ座図書館に所蔵されている関連資料の調査結果をもとに、検討を進める。その結果、オペラ座で1890年代初頭までに初演された作品に対しては、弦楽器で伴奏されていた可能性があることが明らかになった。発表では、弦楽器の伴奏者のための専用楽譜を参照しながら、稽古の過程で行われていた伴奏のあり方について検討する。続いて、20世紀初頭のオペラ座に勤務する人員の給与記録に見られる、記述内容の変化が意図するところを読み解く。これにより、従来の研究において無批判に引用されてきた、バレエ史研究者のアイヴァ・ゲストによる記述への再考を促し、劇場のレパートリー構成や組織体制、当時のバレエ音楽に対して求められていた音楽的要素などといった、バレエ上演の歴史的実態に関する考察に新たな視点を加える。