日本音楽学会第71回全国大会
G-2 桒形亜樹子(東日本支部)
J.S.バッハ《平均律クラヴィーア曲集第2巻》拍子記号と速度考察
──新様式への移行とその抬頭、第1巻との比較──
一昨年の本学会で同曲集第1巻におけるテンポ設定への考察と題し、17世紀初頭の慣用テンポ tempo ordinario、C記号で表された拍子概念の変遷をJ.S.バッハの視座を辿る事によって、前世紀の巨匠の録音、校訂楽譜等に頼らず自ら考えてテンポを設定するためのヒントを提案した。18世紀初頭、古いC (1全音符=1Taktus、手の1上下) から新しい4分割Cへの移行が顕著に見られた時代である。こうした背景を踏まえ第1巻で最多のC記号30曲を3つの型に分類、新しい4分割系を優先しながらも旧様式を捨てず、それどころか統合まで試みたバッハの意図を探った。
今回は約20年後に編纂された第2巻の拍子記号を観察する事により、彼自身の考えの変化、そこから見透かされる時代の流行や要求を第1巻と比較し、プロポルツィオ・システムの崩壊、記譜法の転換期を視覚化する。C記号は第1巻の半分以下に減り、8分割が可能とさえ思われる32分音符の多用曲も登場する。その反面 ¢ 記号曲は増加(Cの版もあり要注意)しており、譜面の風景から明確な使い分けが認められるだろう。また第2巻で初出を見る2/4、6/16記号は最速の新しい2拍子系と考えられる。
第2巻で変化の著しい例は3/4記号の用法であろう。第1巻の4曲から8曲へ倍増、8分音符主体のものから32音符に至る細分化により速度抑制を要求するものまで多様多彩であり、16世紀のディミニューション装飾発展の経緯を視ている錯覚さえ起きる。バッハがそのあたりを意図していた、という仮説さえも立てられるだろう。
また3拍子主題のフーガ(第4、5番等)を2拍子系で書く意図を探る。16世紀書法 hidden three との親近性や変拍子の挿入目的以外に、現代的とも言える3分割の「手での数え方」を提案し、速度との関連に紐付けする。
今迄教育現場でもあまり顧みられなかった速度決定の思考法を、両巻を俯瞰する事で得られた合理的観念に基づいて提言したい。