日本音楽学会第71回全国大会
D-4 本間千尋(東日本支部)
P.-A.-A. ド・ピイス《パンとシュリンクス》
──ミヨーとクローデルの共作カンタータの起源──
本発表では、1809年頃にピエール=アントワーヌ=オーギュスタン・ド・ピイス(1755-1832)が作詞したシャンソン《パンとシュリンクスPan et Syrinx》について、歌詞と旋律の双方から分析する。このシャンソンをきっかけに、ダリウス・ミヨーとポール・クローデルは同名のカンタータ(Op. 130)を共作し、1934年に初演した。この前年、クローデルはミヨーにシャンソンの歌詞を紹介する。その書簡には「〔この歌詞を〕音楽詩にする考えがある」、「主題があまりにも美しく、リズムはあまりにも力にあふれ、陽気で、心を引き付ける」と、シャンソンの評価が記された。発表者はこれまで19世紀初頭のシャンソンについて研究したが、これほど彼を引き付けたピイスのシャンソンは、今日まで作品分析や研究が進んでいない。この作品の分析は、19世紀シャンソンにまつわる研究だけでなく、ミヨーやクローデルの作品研究をも進展させられるだろう。
ピイスはシャンソン《パンとシュリンクス》を作詞したが、旋律は18世紀に作られた歌から借用した。この歌の作曲者は不明だが、歌詞はジャック・フルーリーという人物の手による。このような流行歌の引用は当時決して珍しくなく、作者は記譜の代わりに流行歌の名を併記し、シャンソンの旋律を明示した。その旋律を知る者であれば、旋律譜がなくても歌うことができたのである。
フルーリーの歌の旋律を選んだことで、ピイスは自身の歌詞を効果的に強調することができた。例えばシャンソン《パンとシュリンクス》では、「パン」という語が7回、属音の連続で繰り返される箇所がある。これは元歌の歌詞と全く同じだが、元歌ではむしろ扉をたたく音として、「パン」という語が用いられる。ピイスはその軽妙な響きと牧神の名を結び付け、自身の歌詞にも転用したのである。クローデルがリズムを称賛した理由のひとつには、この「パン」の連続が考えられる。