top of page

D-3 川上啓太郎(東日本支部)

ケクランの《ペルシアの時》作品65の物語構成と動機法について

 ピアノのための《ペルシアの時》作品65は、ケクランの代表作であると共に、20世紀のフランスにおける多調音楽の先駆者の集大成でもある。また1921年には作曲者自身の手によって原曲の構造に忠実に管弦楽化されており、後のデュティユーやリゲティに影響を与えた管弦楽の大家の書法を考察する場合も極めて重要な作品として位置付けられる。

 ケクランの作品研究は1973年のオーリッジの博士論文を嚆矢として、1975年にマクガイアがピアノ曲、カークが室内楽曲を対象とした博士論文を発表するなどの進展を見せ、1989年にはオーリッジが当時の研究成果を反映した Charles Koechlin (1867-1950): His Life and Worksを上梓している。しかし《ペルシアの時》は、生前にはその全16曲中、第15曲しか初演・出版されず、これらの学術的な研究でも詳細な分析はなされてこなかった。

本発表ではまず、これまで大まかな概要でしか述べられなかったピエール・ロティの手記『イスファハンへ』の内容と《ペルシアの時》の各曲の表題を、原文と照らし合わせながらより詳細に検討することによって、定説以上の緻密なリンクがあることを示す。

 次に、主題・動機の要素についても分析する。これまでケクランが楽譜にその名を記すことで認知されてきた「月明かりの動機」は、第8曲で突如現れるのではなく、発展的変奏の技法によって巧みに操作されることで、徐々にその姿を現すよう構成されている。また曲集全体を統一するもうひとつの主要動機(「夕べの動機」)があり、それが音程の拡大の技法によって、巧妙に変容・生成されている。さらにはこの2つの主要動機が、曲の表題、ひいては原作の「夕」や「夜」といった時間概念ともリンクしていることを明らかにする。

 本発表はこのような研究成果によって、これまでの多調音楽、とりわけポリハーモニーの実践としての歴史性に重点が置かれていた既存の作品像に一石を投じ、その演奏・鑑賞のあり方を問い直すことを目的としている。

bottom of page