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A-2 早坂牧子(東日本支部)

三浦環の蝶々夫人
──〈ある晴れた日に〉(1917年録音)歌唱スタイル分析の試み──

 

 本発表は、ソプラノ歌手三浦環(1884–1946)の歌唱を、プッチーニ《蝶々夫人》のアリア〈ある晴れた日に〉(‘Un bel di vedremo’)の録音分析から検討する試みである。レコード産業の黎明期に多くの録音を残した三浦であるが、彼女の演奏自体が詳細に検討されたことはこれまでなかった。一方近年のパフォーマンス・スタディーズでは、Timmers (2007)、Leech-Wilkinson (2010)、Zicari (2017)、Freitas (2018)らの論考に見られるように、音響解析ソフトを用いた録音分析により、19世紀末から20世紀前半にかけての歌唱スタイルを類型化する試みが進んでいる。本発表では、こうした先行研究を拠り所に、三浦の代名詞とも言うべき〈ある晴れた日に〉の録音(1917年)を分析し、彼女の歌唱を音楽的にどのように評価できるか、他の歌手による録音との比較を通じて検討する。

 本発表の分析は、①テンポ②ポルタメント③ピッチ④声質に着目し、音響分析ソフトウェアSonic Visualiserを用いた歌唱グラフ、1910年代の演奏評をもとに、Emmy Destinn、Geraldin Farrar、Natalia Stepanovna Ermolenko-Yuzhina、Francis Alda、Maria Jeritza、Rosa Ponselleら、同時代のオペラ歌手と三浦の歌唱スタイルを比較検討する。分析からは、三浦の歌唱ではテンポの揺れ幅が大きく、他の歌手よりもポルタメントが多用され、リタルダンド、アクセント、テヌートも強調されていることが分かる。このことは、「他の歌手の演奏は聴かず独自性を重んじた」という三浦の言の裏付けと言えるかもしれない。ピッチは特に低音域に不安定な箇所があるものの全体は安定しており、特に高音にリリコの優れた声質をもっていたことは、現存の録音や当時の演奏評からも伺える。日本で声楽を学んだ三浦であるが、1917年の時点で西洋の伝統的歌唱法を獲得していたことは明らかであり、自らのテクスト解釈を軸に情感を反映させた表現を重視する「劇的唱法型」の歌手として、20世紀初期の声楽家の文脈に位置づけらよう。

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